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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)7770号 判決

原告

井上博政

右訴訟代理人

加藤正次

松田道夫

平尾義雄

被告

松菱建設株式会社

右訴訟代理人

長畑裕三

右訴訟復代理人

菊池利光

主文

一  被告は、原告に対し、登録第四六二、八一三号実用新案権につき、昭和三十二年八月五日、特許庁受付第一、九二五号をもつてした実施権設定登録の抹消登録手続をせよ。

二  被告は、原告に対し、金三十七万七千九百三十八円、およびこれに対する昭和三十七年十一月一日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求は、棄却する。

四  訴訟費は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

五  この判決のうち金員支払いの部分は、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告訴訟代理人は、主文第一項同旨および「二 被告は、原告に対し、金一千万円およびこれに対する昭和三十七年十月四日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。三 訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決、ならびに金員支払い部分につき仮執行の宣言を求めた。

二  被告訴訟代理人は、「原告の請求は、棄却する。」との判決を求めた。

第二  当事者の主張

(請求の原因等)

原告訴訟代理人は、請求の原因等として、次のとおり返べた。

一  原告は、昭和三十二年六月二十二日、設定の登録により、次の実用新案権を取得した。

登録番号  第四六二、八一三号

考案の名称 無臭防虫便所装置

出  願  昭和三十年十月十八日

公  告  昭和三十二年三月二七日

登  録  昭和三十二年六月二二日

二  被告会社の代表者松岡源太郎は、昭和三十二年七月一日にされた許諾を登録原因として、同年八月五日、前項の実用新案権につき、被告のために、主文第一項掲記の実施設定登録を申請し、同月十二日、その旨の登録を得、現在に至つている。

しかし、原告は被告に対し、本件登録実用新案の実施を許諾したことはなく、右登録は、松岡源太郎が、原告の父井上政次から本件実用新案登録出願手続のために預つていた原告の印章を冒用して、したものであり。無効である。

三  被告は昭和三十六年一月一日から昭和三十七年十月三十一日までの間に、本件実用新案権を侵害するものであることを知り、又は知りえたにかかわらず、過失によりこれを知らないで、本件登録実用新案の技術的範囲に属する「須賀式改良便所」又は「松菱式無臭防虫改良便所」を、少なくとも千六百四十個製造しこれを東京都から公営住宅および福祉住宅の建築を請け負つた建設業者に販売して、原告の本件実用新案権を侵害した。

四  原告は、前項記載の被告の侵害行為により、少なくとも金千六百四十万円の損害を蒙つた。すなわち、原告は、本件において、故意又は過失により、原告の実用新案権を侵害した被告に対し、その侵害により原告が受けた損害の賠償を請求するのであるから、被告が右侵害行為により得た利益の額が原告の受けた損害の額と法律上推定されるところ、被告は本件便所装置一個当り、次のとおり、少なくとも金一万円の純利益を得たものである。

(一) 販売価格 金二万円

(二) 販売原価 金七千百三十円

内訳(1)材料費 金六百八十円

(2)油 金百円

(3)塗料 金百五十円

(4)加工手間賃 金千六百円

(5)型償却費 金九百円

(6)諸雑費 金千三百円

(7)据付費用 金二千四百円

(三) 差引利益 金一万二千七百円

五  よつて、原告は、被告に対し、主文第一項掲記の実施権設定登録の抹消登録手続を求めるとともに、前記損害金千六百四十万円のうち金一千万円、およびこれに対する不法行為の後である昭和三十七年十月四日から支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(答弁等)

被告訴訟代理人は答弁等として次のとおり、述べた。

一  請求の原因等一の事実は、認める。

二  同二の事実のうち、被告会社の代表者松岡源太郎が昭和三十二年八月五日被告のために、原告主張のような実施権設定登録を申請し、同月十二日その旨の登録を得て現在に至つていることは認めるが、その余の事実は否認する。

原告の父井上政次は、原告から、本件考案につき、登録出願手続および実施権設定等の代理権を授与され、その登録出願手続を担当したが、同人は、その際、被告会社代表者がした助力に感謝して、本件考案登録された暁には、本件実用新案権の行使を被告会社に一任する旨約し、さらに、本件実用新案権設定の登録の後である昭和三十二年七月一日には、被告会社に対し、本件登録実用新案の実施を許諾し、実施権の設定登録手続をする旨約したものである。

三  同三の事実のうち、被告が何ら権原がないにかかわらず、故意又は過失により、原告の本件実用新案権を侵害したとの点は否認するが、その余の事実は認める。

被告は、前項記載のとおり、本件実用新案権につき通常実施権をもつていたのである。

四  同四の事実は否認する。被告は、本件便所装置を製造販売することにより、次のとおり、製品一個当り金千三百四十二円の損失を蒙つたものである。

(一)販売価格 平均金一万八千三百円

(二)販売原価金一万九千六百四十二円

内訳(1)材料費金二千九百四十二円

(2)加工費 金千六百円

(3)型償却費 金九百円

(4)諸雑費 金千三百円

(5)据付外注費 三千七百円

(6)営業費 金九千二百円

(三)差引失額 金千三百四十二円

第三  証拠関係≪省略≫

理由

第一  抹消登録手続請求について。

(争いのない事実)

一  原告が昭和三十二年六月二十二日、本件実用新案権を取得したこと、および、右実用新案権につき、被告会社代表者松岡源太郎が昭和三十二年七月一日にされた許諾を登録原因として、同年八月五日、被告のために、主文第一項記載の実施権設定登録を申請し、同月十二日、その旨の登録を得て現在に至つていることは、当事者間に争いがない。

(登録原因の有無)

二 被告は、昭和三十二年七月一日、原告の代理人井上政次から、本件登録実用新案の実施を許諾された旨主張し、証人<省略>の証言および被告会社代表者の本人尋問の結果中には、右主張に添うような供述があるが、右各供述部分は、証人<省略>の各証言ならびに原告本人尋問の結果(第一回)に照らし、にわかに措信しがたく、他に右主張事実を肯認するに足る証拠はない。もつとも、乙第一号証(実施許諾書)および同第二号証(「証」と題する書面)には、被告の右主張に符合するような記載があり、同号証中の原告名下に押してある「井上」の印影が原告の印章によるものであることは原告の認めて争わないところであるが、前顕証人<省略>の各証言ならびに原告本人尋問の結果(第一回)を総合すると、右の乙号各証は、松岡源太郎の息子が当時、本件実用新案の登録出願手続のために松岡源太郎に預けられていた原告の印章を冒用して作成したものであることが認められる(こと認定に反する被告会社代表者の本人尋問の結果は措信しない。)から、右乙号各証をもつて、直ちに、被告の前示主張事実を肯認することはできない。

三 したがつて、主文第一項掲記の実施権設定登録は、登録原因を欠くものというべきであるから、被告は、原告に対し、右登録の抹消手続をすべき義務があるものといわざるをえない。

第二  損害賠償請求について。

(争いのない事実)

一  被告が原告主張の期間に本件登録実用新案の技術的範囲に属する「須賀式改良便所」又は「松菱式無臭防虫改良便所」を少なくとも千六百四十個製造し、これを原告主張の建築業者に販売したことは、当事者間に争いがない。

(被告の侵害行為および故意過失)

二 被告の製造販売した前項掲記の便所装置が本件登録実用新案の技術的範囲に属することは、被告の認めて争わないところであるから、実施を許諾されていた旨の被告の主張事実を肯認しがたいこと前説示のとおりであり、また、被告が他に、これを実施しうべき権限を有していた事実の認めうべきもののない本件においては、これら便所装置を製造販売することが原告の本件実用新案権を侵害するものであることを当時知つていたものと認めざるをえない。したがつて、被告は、原告に対し侵害行為に基づく損害を賠償すべき義務があるものといわなければならない。

(損害の額)

三 しかして、原告が被告の前記侵害行為により損害を蒙つたことは、本件口頭弁論の全趣旨に徴し、これを認めうべく、また被告が右侵害行為により得た利益の額は、原告の受けた損害の額と推定されるところ、この推定を覆すに足る何らの資料はないから、原告は、被告の前記行為により、被告がこれにより得た利益と同額の損害を蒙つたものということができる。よつて、進んで、被告が前記侵害行為により得た利益の額について判断するに、被告会社代表者の本人尋問の結果によりその成立を認めうべき乙第三号証から第十九号証および右本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)によれば、被告は、本件実用新案権の実施品の製造、販売の事業のみを行なつてきたものであるが、原告主張の建設業者に本件便所装置を一個当り平均金一万八千三百円で販売したこと、昭和三十五年十一月一日から翌年十月三十一日までの事業年度における被告の本件便所装置の売上高および純利益は、それぞれ、金二千百十六万二千五百六十円および金十五万八千九百五円であつたこと、昭和三十六年十一月一日から翌年十月三十一日までの事業年度における売上高および純利益(なお前記乙第十九号証中の損益計算書に記載されている価格変動準備金繰入額は、その性質からいつて、本件における純利益の計算について、これを控除するのは相当でない。)は、それぞれ、金二千二百五十一万三千二百円および金三十九万千百八十八円であつたことが認められる。なお、甲第五号証には、本件便所装置の販売単価が金二万円である旨の記載があるが、これは東京都公営住宅建設工事の設計内訳書に基づいて記載されたものにすぎず、被告が前記建設業者に販売した金額を示すものではないから、これをもつて右認定を左右することはできず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。しかして、右認定の事実によれば、昭和三十五年十一月から昭和三十七年十月までの間における被告の本件便所装置の製造販売による純利益は、一個当り平均金二百三十円四十五銭となる(計算方法は、別紙のとおり。)。これに反する原告および被告会社代表者の各本人尋問の結果(前者については、その第二回)は、前掲各証拠に照らし、措信できない。

したがつて、原告の前記便所装置の製造販売により、一箇当りの単価である右二百三十円四十五銭に、その個数である千六百四十を乗じて得られる金三十七万七千九百三十八円の損害を受けたものというべきである。

四 よつて、原告の損害賠償請求は、右損害金三十七万七千九百三十八円、および、これに対する不法行為の最終日の翌日である昭和三十七年十一月一日から支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で、理由があるものということができる。

第三  むすび

以上説示のとおりであるから、原告の本訴請求は、主文第一、第二項記載の範囲内において、これを認容し、その余は棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条本文および第九十五条本文を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条第一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官三宅正雄 裁判官武居二郎 佐久間重吉)

別 紙

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